にいがた東区ゲンキ魂

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山ノ下納豆製造所

変わらない納豆づくりへの情熱とこだわり

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取締役部長 佐藤幸夫さん/山ノ下納豆製造所は祖父母が創業。佐藤さんは、高校卒業と同時に就職し、約40年にわたり、納豆づくりに情熱を注ぐ。

取締役部長 佐藤幸夫さん/山ノ下納豆製造所は祖父母が創業。佐藤さんは、高校卒業と同時に就職し、約40年にわたり、納豆づくりに情熱を注ぐ。

 皆さん、ご存知ですか?東区には、とても美味しく、また品評会で賞を受けるほどの納豆の製造所があることを・・・。スーパーの陳列棚に、赤いパッケージが誇らしげに、でも、少々控えめに並べられている。それが東区の納豆で、通称山ノ下納豆です。
 大豆を蒸し上げる、なんとも懐かしい匂いがする工場内を見学した後、製造現場を取り仕切る佐藤幸夫さんに、いろいろお聞きしました。

青判納豆と呼ばれていた時代に作られた手ぬぐい

青判納豆と呼ばれていた時代に作られた手ぬぐい

 創業は昭和2年。先々代が山ノ下神明宮の近く(現在の東区臨港1丁目)に小さな工場をつくり、沼垂や本町の市で、わら苞の納豆を売り歩いたのが始まりです。
 昭和39年に、株式会社山ノ下納豆製造所となり、平成2年に現在の山木戸に工場を移しました。
 最初は、わら苞(ほう)に「山ノ下」の青い判を押して売っていたので、「青判(あおはん)納豆」と呼ばれていました。その後、三角経木(さんかくきょうぎ)の型となり、この時に萬代橋の図柄が登場しました。当時はまだ、青色のままでした。

 

おなじみの赤いパッケージ

 それから、いろいろ変遷する中で容器を今の発砲スチロールに変えた時に、デザインも赤色に一新。以来、長く変わらずにいるのは、この赤色のデザインと萬代橋の図柄。佐藤さんは、「昔のものが、変わらずに残っていること。それは、私たちにとって大切な財産。おかげさまで、消費者の皆さんに浸透しているので、売れなくなるまで変えずにいきます」と笑顔で話してくれました。

 

美味しさの秘訣
今よりもっと美味しい納豆を!“大豆選びが何より大切

県産大豆で作った「粒自慢」。 粒が大きく、大豆の味をしっかり味わえます。

県産大豆で作った「粒自慢」。
粒が大きく、大豆の味をしっかり味わえます。

 山ノ下納豆製造所では、現在、おなじみの赤いパッケージのほか、新潟県産大豆を使った商品などが作られています。
 佐藤さんに、原料の大豆についてお聞きしました。
 「赤いパッケージは現在、アメリカ産の大豆を使っています。以前は中国産(黒竜江省)の大豆を使っていましたが、中国産に対する信用が失われている状況なので、今は使っていません。ただ、中国産の大豆は糖質が高く、納豆に合っているのは事実。私たちとしては、いかに安全なものを消費者の皆さんに提供できるか、そのことを一番に考えて頑張っています」と説明してくれました。

 
新潟県産の大豆

新潟県産の大豆

 さらに佐藤さんは、「地産地消を推進するため、もっともっと新潟県産の大豆を使っていきたい」と意気込みを語ってくれました。「作り手としては、“今よりもっと美味しい納豆をつくりたい”。そのためには、大豆選びが何より大切」との言葉。納豆に合う大豆を探し求め、定期的に産地のJA岩船に出向き、生産者の方々と意見交換しているそうです。この大豆へのこだわりこそ、山ノ下納豆の美味しさの秘訣なのではないでしょうか。

 
なるほど!意外?なっとく 納豆のマメ知識

健康食品の代表ともいえる納豆にも、栄養面で弱点があります。それは、ビタミンAとCが含まれていないことです。そのため、薬味として、ビタミンAとCを含む、刻みネギを入れるのは、栄養面でも理にかなった先人の知恵といえます。ブロッコリーなどと組み合わせると、完璧な栄養バランスとなります。(参考:納豆学会ホームページ)

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山ノ下納豆製造所
住所:新潟市東区山木戸7丁目6-47
電話:025-273-7421 FAX:025-271-9872
ホームページ:http://www.natto.ne.jp/yamanoshita/
メールアドレス:yamanoshita@natto.ne.jp
※団体での見学可。詳細はお問い合わせください
 
見学を終えて・・・

懐かしい思い出

 以前は、わが家のすぐ近くに工場があり、毎日豆の煮える匂いがしていたことを懐かしく思い出しながら、工場見学に伺いました。
 古い工場の時、近所のオバサンたちが大勢働いていて、煮えた豆を一つ一つパックに詰めていたのを思い出しました。“昔から変わらないものは?”の問いに佐藤さんは、「機械化はしたけれど、作り方の基本は昔と変わらないです」とおっしゃていました。
(担当:清野みよ子)

変わらないのは、ものではなく「心」

 長い年月とともに、容器やパッケージ、手仕事から機械化へ、働く人数も少なくなるなど、いろいろ変わってきましたが、変わらないのは、ものではなく“心”です。
 食に対する安心・安全、そして美味しさ、要には必ず人の手や目が入り確認する慎重さ。特に、「私たちは、お客様の命にかかわる仕事をさせてもらっているんだ」と言う佐藤さんの言葉。それこそが、変わってはいけないところだと強く思いました。
(担当:三原順子) 

(東区タウン誌「東区○○物語」第5号掲載)

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更新日:2010年5月13日